otaku8’s diary

映画のこととか

『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(ネタバレあり)感想

 全体的には楽しめた。以下、ネタバレあり雑感。

 

 冒頭数十分は「スパイダーマン三部作」を連想させる。結婚式といえば『スパイダーマン2 』だし、新しい恋人のいるクリスティーンと彼女に未練が残るスティーブンの関係性にも見覚えがある。街の危機を察知してヒーローとして出動していく懐かしい図。市街戦。黄色いタクシーが走るニューヨークの雰囲気が何となく「スパイダーマン三部作」っぽい。幾度かカメラは市民のリアクションを映し出す。サム・ライミはヒーロー映画における市井の人々の見せ方が巧い。ヒーローと一般人の関係性の大切さをよく分かっている。タコ型の敵がビルの側面を登って戦う…というのはまんま『スパイダーマン2 』だ。しかも、そのビルのオフィスにいる怯える人々…というのも同じだ。自分はこの場面に妙なノスタルジーを感じて涙腺が緩んでしまった。「スパイダーマン」らしい場面だと、例えばワンダの最期(?)はドック・オクのそれと同じ構図。自分の夢を実現するためにヴィランと化してしまった彼は「怪物のまま死ねない」と自己犠牲をもって自分の過ちを正していたが、ワンダも全く同じだ。彼女は「私はモンスターじゃない」と繰り返し言うが、子供たちと幸せに暮らしたいという夢のために道を外していく。『スパイダーマン2 』でメイおばさんの「夢であっても時には諦めなければいけないことがある」という言葉がピーターに引用される形でドック・オクに響くが、今回はウォンが「全てを思い通りには出来ない」と言っていた。これは彼女に響かなかったけど。代わりに今回はマルチバースを利用して、キャラクターたちが自分もそうなっていたかもしれない存在と対峙していた。これも「スパイダーマン三部作」と全く同じ。そこではヴィランたちは最終的には力ではなく、自分自身の選択によって決着がついていたのだから、ワンダはまさにサム・ライミ的ヒーロー映画のヴィランになっていた。

 というわけで冒頭部といくつかの場面はサム・ライミ的ヒーロー映画っぽいんだが、全体的には『死霊のはらわた』っぽいスラップスティックホラー色がとても強い。ホラーテイストになることは事前情報から知っていたが、予想以上にライミ味が強くて楽しかった。ところで、この「ライミ味」に関しては賛否が分かれている。

 Twitterに流れる感想を見ていて面白かったのが、本作をMCU作品ではなく作家主義の「映画」として評価する意見と、逆に「これは一本の「映画」としてどうなの?」として今後のMCUを危惧する意見の両方が混在していたことだ。個人的な意見としては、確かに本作のサム・ライミ節は凄かったが、これが「MCUからの脱却」かといえばそんな風には感じなかった。MCUという箱に閉じこめられたライミ霊が暴れ回って、その箱に穴が開いていったようなイメージ。MCUの流れと後から入ってきたライミが拮抗しているようだった。だから次回もライミが監督するなら、ちゃんと製作初期から携わらせて欲しい。この「ライミっぽい」に関しても意見が分かれていて、「ライミがディズニーを抑えて自分のやりたいことをした」と言う人もいれば、「ライミの作家性がファンサービスの中に組み込まれてしまった」と言う人もいた。観た当初は自分は前者の感覚だったが、確かに思え返せばサム・ライミファンに向けた演出が少々あざとく、観客に迎合していると思われても仕方がない。ただ、本作のそうした演出は「ドクター・ストレンジ」の物語に合っており、効果的に機能していると感じた。ファンサービスに関しては色々な映画に組み込まれていて、本作やMCUだけの問題ではないとも思う。

 「これは一本の「映画」としてどうなの?」という意見だが、これをサプライズやMCU的文脈に頼っていると解釈するなら、自分はそこまで他作品に依存しているとは思わなかった。確かに『ワンダヴィジョン』は観ておいた方が良いが、予習必須まではいかないかなと感じた(未鑑賞でも楽しんでいる人がいた)。あと、今回もサプライズキャラが色々出てくるが、NWHとは違ってそこに力点が置かれているわけではない。なので本作が「観客に他作品の鑑賞を強制する」「サプライズに依存している」という文脈だったら上記問題の深刻度は今までのMCUと大して変わらない、むしろ前者の問題に関しては単体でも楽しめる映画だったんじゃないかと思う。ちなみにサプライズキャラの扱いは怒る人もいるだろうが、自分的にはあり(あの配役に大人の事情が見え隠れするという問題はあるが)。ただし、先ほど書いたようにサム・ライミ映画的なサプライズは多い。自分はそのネタが分からなくても楽しめると思うし、ノイズにはならなかったが、そうでない人もいるだろう。

 ワンダに関しても意見が分かれている。まず『ワンダヴィジョン』と繋がらないとは個人的には考えていない。一応、『ワンダヴィジョン』のラストのラストでは彼女の闇堕ちが示唆されていた。ただ、まああそこまで無常になってしまうのかとは思ったが。ワンダは幼少期から今まで非常に可哀想なキャラクターだから自分もどこかで救われて欲しい気持ちはあったが、『ワンダヴィジョン』の時点で結構なやらかしをしているから何かしらの代償は必要。最終的には良心を取り戻して自分自身から救われていたので良かったとは思う(まんまドック・オクだが)。別バースのワンダが言う"You know that they'll be loved."も好きだ。ただ、ワンダのキャラクター造形が、子供への愛ゆえに暴走するという女性アップデートされていないものだった点は確かに感じた。まあ、色々と考えるべきところはあるが、自分はエリザベス・オルセンの素晴らしいパフォーマンスに持っていかれてしまった。

 音楽はダニー・エルフマンで、ここ最近の彼の作品のなかではトップクラスに良かった。特にテーマ曲は初期のエルフマンっぽさもあって好き。ずっと頭の中でリピートされている(←重要)。ただ、ヒーロー映画のモチーフとしては『スパイダーマン』の印象的なスコアには敵わない印象だった。