otaku8’s diary

映画のこと

メイおばさんから見たサム・ライミ版スパイダーマン

 サム・ライミスパイダーマンシリーズでのメイおばさん登場シーンをピックアップし,メイおばさんの視点から三部作を振り返っていこうと思います.あくまでメイおばさんが出ている場面だけを書いていきます.

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スパイダーマン

ピーターは気分が悪い

 メイおばさんの初登場シーン.ベンおじさんが天井に電球をはめている.ベンおじさんを演じるクリフ・ロバートソンが非常に素晴らしい.

「落ちないでよ」

「もう落ちてるよ.35年間も勤めた工場をクビになった電気工だ.もう落ちようがない」

「企業は社員を減らして利益を増やすわけだ 」

「また仕事は見つかるわ」

68歳のベンおじさんは仕事を失い,新聞の求人欄を眺めている.ピーターの為にも何とか稼いでいかなければいけない.

「私もピーターを愛しているわ.こんなに責任感のある人なんて.つらい時期はあったわ.でもやってきた 」

二人はピーターを愛していた.

 大学の研究所見学から帰ったピーター.ベンはその様子を尋ねる(ベンの表情が輝いている.子を愛する親の表情だ.)が,彼は具合が悪いと素っ気ない返事をして階段を登っていった.ピーターに何かあったのではとベンは心配する.彼は蜘蛛に噛まれていた.

朝も食べないでお昼代は?

 メイおばさんはベン共に朝食の席にいる.そこにピーターが2階から降りてきた.蜘蛛に噛まれた影響で力がみなぎっている彼を見て、ベンは顔を綻ばせる(勿論,ピーターが遺伝子操作された蜘蛛に噛まれたなんて彼は知る由もないが).そのベンの表情を見て,こちらも嬉しくなる.

何をしてるの?

 ピーターの部屋から何やら音が聞こえてくる.

「何をしてるの?」

「運動だよ.今着がえてる」

「あなた,おかしいわよ」

図書館へ

 ベンおじさんはピーターの様子がおかしいことを心配して,育ての親としての責任を感じていた.ピーターが図書館へ行くと言い出すと,彼は送っていこうと即答した.ピーターと二人で話し合う良い機会だと思ったのだろう.メイおばさんもそれを察したのか,二人を笑顔で送り出す.これがベンとの別れになることも知らずに.

卒業

 ピーターの高校卒業式の夜,メイおばさんは彼が部屋で一人泣いているところを見かけた.

「ベンおじさんに最後に言ってしまった.おじさんは大切なことを伝えようとしてくれてたのに.僕はひどいことを言ってしまった」

「愛してたのね.おじさんもあなたを愛してた.あなたが立派な人間になるって,おじさんは信じていた.私も信じてる」

分けてくださる?

 メイおばさんはオズボーン親子を招いて食事会を行った.料理をつまみ食いしようとするノーマンの手をピシャリと叩き,「分けてくださる?」と牽制する.ここのウィレム・デフォーの気持ち悪さが堪らない.

悪い者から…お救いを!

 メイおばさんが家でお祈りをしていると,突然グリーン・ゴブリンが彼女を襲った.そのショックでメイおばさんは病院送りになってしまう.ウィレム・デフォーローズマリー・ハリスは『愛しすぎて/詩人の妻』で共演しておりそこでは彼女が義理の息子を演じたデフォーを苦しめる役だったので,この場面は『義理の息子の復讐』と呼ばれているらしい.

あなたスーパーマンじゃないのよ

 入院中のメイおばさんの為に,ピーターは毎日お見舞いに来ていた.ピーターは疲れていたのか彼女の元で教科書を開いたまま寝落ちしてしまった.

「大学に仕事,それに私のそばにずっといて.あなたはスーパーマンじゃないんだから」

スパイダーマン2

ピーターの誕生会

 ピーターの誕生日.MJ,ハリーと一緒にメイおばさんはピーターを祝福した.誕生会の後,ピーターは机に突っ伏して寝ているメイおばさんを見つける.彼女の手には銀行からの返済催促の通知があった.

 ピーターは彼女の手を優しくさする.

「ねえ…何よベン…待って.うっかり昔に戻ってた」

彼女は起きて,一瞬困惑したような表情を浮かべたがすぐに笑顔になった.

「みんな帰ったのね.楽しんだかしら?」

彼女は笑顔を浮かべているが,その奥にはどこか悲しげな様子が見てとれる.

「大丈夫?」

「ええ,もう帰りなさい」

「心配だよ.おばさんは独りだし,銀行の通知も見た」

 彼女は支払いが遅れていることを認めたが,「よくあることだからその話はお終い」と流そうとした.ピーターに余計な心配をかけたくなかったのだ.

「必要でしょう?」そう言って,メイおばさんは優しくピーターの手に20ドル紙幣を握らせる.自分もお金に余裕がないのにだ.

彼が躊躇するとメイおばさんは表情を一変させ,今まで笑顔の奥に潜んでいた感情を露わにした.

「いいから受け取りなさい.大したお金じゃないわ.ちゃんと持ってくのよ.ごめんなさい…ベンがいなくて寂しい.来月であの人が死んでもう二年になる.時々思うの…もしあんなことをした相手に会ったら,あたしどうするか…」

メイおばさんの目は涙で溢れていた.彼女は気丈に振る舞っていたが,実際にはベンおじさんの死で相当に傷付いていたのだ.2ではローズマリー・ハリスの名演が光る.

銀行にて

 メイおばさんはピーターと一緒に再融資の申し込みをする為に銀行を訪れるが,条件が足りず断られる.メイおばさんは思わず銀行員の足元を蹴ってしまう.この茶目っ気も良い.特典のトースターも,貰う為には300ドル以上の預金をしなければいけないらしい.悲しい.

 「何とかなるよ」とピーターがなだめていたちょうどその時,ドック・オクが現れて現金を盗み出そうとしていた.ここでスパイダーマンとドック・オクの戦いが始まる.どさくさに紛れて硬貨を懐にしまおうとする銀行にの手をピシャリと叩くメイおばさん.かわいい.

 メイおばさんはドック・オクに人質として捕らえられ,ビル上方へ連れて行かれてしまう.ここでスパイダーマンとドック・オクのビル側面という舞台を活かした素晴らしいアクションシーンが繰り広げられる.ここでメイおばさんは上に放り投げられてしまうが,持っていた傘を引っかけて無事助かる.おおよそ常人とは思えない.しかし,すぐに再びドック・オクに捕まってしまう.メイおばさんを助けに向かってくるスパイダーマンを殺そうとするドック・オクを彼女は傘で殴り,逆にスパイダーマンを助けた.その反動で彼女は落下してしまうが,スパイダーマンに救われる.

「ありがとう,あなたを誤解してたわ」

「僕らの勝利だ」

「僕らって?」

告白

 ベンおじさんの墓参りをするメイおばさんとピーター.彼女はベンの死は自分に責任があると思っていた.ピーターを図書館まで送っていくとベンが言ったあの日,彼を止めていれば良かったと.それを聞いたピーターは真実を告白する.図書館へは行かず,賞金を稼ぐ為に違う場所に行ったこと,その主催者が賞金を払ってくれなかったことへの腹いせで強盗を止めなかったこと,そしてその強盗がベンおじさんを殺した男でありベンは自分の手を握りながら息を引き取ったこと.ピーターの告白を聞いたメイおばさんは受け入れ難いという表情で無言で2階へと上がっていった.

ヒーローとは

 メイおばさんが近所の子ヘンリーと一緒に引っ越しの準備をしている.言われるよりも先に立ち退いてやるつもりだ.そこにピーターが訪ねてきた.

「こないだのことだけど…」

「忘れなさい,どんな水も流れすぎていくわ.よく正直に言ってくれた.あなたを誇りに思う.本当にありがとう,あなたを愛してる.」

聖人だ.ピーターにハグするメイおばさんの目は涙ぐんでいた.

 ところでメイおばさんはピーターのコミック本を「つまらないもの」と言って他人にあげたらしい.意外にそういうところがある.

 お手伝いに来た少年ヘンリーの夢はスパイダーマンになることらしい.ヘンリーはピーターに「スパイダーマンはどこ?」と聞く.この時,ピーターはスパイダーマンをやめていた.それによって彼の私生活は充実し始めていたが,同時に彼の良心は傷んでいた.火事を目撃した彼はスーツ無しで炎の中へ飛び込んでいった.スパイダーマンを辞めても彼の中には人々を助けなければならないという想いが強く残っていたのだ.火災現場で救えなかった命があったこと,「ピーター・パーカー」である故に路地裏でリンチにあっていた人を助けられなかったことに彼は心を痛めていた.

 ピーターとヘンリーのやりとりを聞いたメイおばさんが語る.

「ヘンリーみたいな子どもたちにはヒーローが必要なの.勇気があって自分を犠牲にしてまで,私たちの手本となる人.みんなヒーローが好きなの.その姿を見たがり,応援し、名前を呼ぶ.何年かたって、みんな語り継ぐのよ.あきらめないことを教えてくれたヒーローを一目見るために,何時間も雨の中に立っていたことを.私は誰もが心の中にヒーローがいると思ってる.そのおかげで,正直で、勇気を持ち、気高くいられ,誇りを持って死ねるの.時には最も大切な物でさえ,あきらめなければならないこともある.自分の夢さえも.ヘンリーはそれを教わった.だから「スパイダーマンはどこ」って聞いたの.彼が必要だから.」

 この言葉がピーターをスパイダーマンに復帰させ,後にピーターからドクター・オクタヴィアスに伝えられ,彼が善意を取り戻すきっかけの一つとなる.

スパイダーマン3

想い出

 メイおばさんの新居にピーターがやって来た.MJにプロポーズするつもりらしい.メイおばさんは自分とベンおじさんの馴れ初めを語る.ベンおじさんはメイおばさんにプロポーズするも,彼女は直ぐにOKはしなかったらしい.まだ早すぎると.

「相手のことを理解して自分より大事に出来なければ,あなたに出来る?」

ピーターが頷くと,メイおばさんは彼を祝福した.

 メイおばさんはベンおじさんにプロポーズされた日のことを語った.二人で島まで海を泳ぎ,古い木の下でメイおばさんは目を閉じた.彼女が目を開けるとそこには指輪が輝いていた.その指輪は彼女にとっての太陽である.

 今年でもうすぐ結婚50年目になる.もし彼が生きていれば…メイおばさんの目からは涙が溢れていた.

復讐は毒のようなもの

 ピーターはマルコがスパイダーマンに殺された(実際はまだ生きている)ことをメイおばさんに報告する.マルコは死んで当然だと語るピーターに対してメイおばさんは「復讐は毒のようなもの」だと諭す.

「死んで当然なんて思うべきじゃない」

ベンおじさんもきっとこんなことは望んでいないと.

自分を許しなさい

 元々ピーターはMJに婚約を申し出ようとしていたが,彼はMJに対する自分の行動を顧みて,自分にはその資格がないと諦めようとしていた.そこでメイおばさんは「自分を許しなさい」と彼に言う.

「僕は…メリー・ジェーンを傷つけてしまった.どうすればいいのかわからないんだ」

「一番難しいことからはじめなさい.自分自身を許すことから.私はあなたを信じてるわ。あなたはいい人間よ.あなたは解決する方法をきっと見つける.」

この「許す」という言葉がピーターと,後にフリント・マルコを救うことになる.

葬式

 ハリーの葬式に参加するメイおばさん.ハリーとは一緒に食事会を開いたり,ピーターの誕生日を祝福したりとそれなりに交流があったので,彼の死に心を痛めただろう.

 

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の一番の不満点(ネタバレあり)

 まず本作(NWH)は好きな映画であり,自分は満足している.ただ,やはり気になってしまう部分もある.今回はレビューとは別に不満点を書いていく.今回は批判が多くなるが,自分はNWH肯定派で製作陣には感謝しているので悪しからず.

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ネタバレありです!

 

 初めて本作を観たとき,ストーリーに対する疑問等より先に引っかかってしまったのは,サンドマンリザードが薬により元の姿に戻る場面で過去作の映像を使っていることだ.

 


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 過去作の映像を再度使うこと自体は良いのだが,フリント・マルコとコナーズ博士が救われるという重要な場面でこれをするのはどうなのか?扱いが雑ではないか?そもそも本作は全体的に雑だと感じた部分が多い.

 今回のピーターはヴィランたちを「救おう」と躍起になる.「救う」とは「治す(cure)」ことである.ピーターたちは彼らに対する治療薬を創って,次々と彼らを元の姿に治していく.物語上は彼らは治されるためにMCUに召喚されたわけではないが,作り手としてはやはりそういう意図があったはずだ.そう考えると引っかかりが見えてきてしまう.例えばリザードは『アメイジングスパイダーマン』にて死にもしないし,最終的に元の姿に戻ってピーターを助けている.既に彼は救われていた.サンドマンやドック・オクは確かに身体はそのままだったり死んでしまったりしたが,精神的には既に救われていた.もちろん,彼らが召喚されたのは彼らの殆どがまだヴィランだったタイミングだ.それは分かりつつ,やはりこの「救い直し」に引っかかりを感じる.NWHで"save"ではなく"cure"という動詞が使われていたのは,結果としてヴィランたちは精神的にも救われるが,メインの目的は彼らを元の姿に戻し,彼らの世界におけるスパイダーマンとの戦いで命を落とさないようにすることだからだろう.

 彼らは次々と薬などで救われていく.まるでスイッチのオン/オフが切り替わるようなその「軽さ」も気になる.例えばここで『スパイダーマン3』を思い出してみよう(しばらく『スパイダーマン3』の話をします).

 ベンおじさん殺害の真犯人がフリント・マルコ(サンドマン)だと分かり,ブラックスーツの力も相まって復讐心に蝕まれていくピーター.地下の戦いでマルコに一応の復讐を果たしたピーターはその帰り,アパートの大家さんにキツく当たってしまう.自分がこれまでになく攻撃的になっていることに気づいたピーターはブラックスーツと距離を置く.後日,彼はマルコがスパイダーマンに殺された(実際はまだ生きている)ことをメイおばさんに報告する.マルコは死んで当然だと語るピーターに対してメイおばさんは「復讐は毒のようなもの」だと諭す.

 一時はブラックスーツを脱いだピーターだが,ハリーがMJを唆したことを知った彼は再びブラックスーツに頼り,ハリーを倒す.彼はそのままMJが働く店に乗り込み,酷い騒ぎを起こした上,勢いでMJを倒してしまう.自分が分からなくなったピーターは遂にシンビオートと決別する.

 元々ピーターはMJに婚約を申し出ようとしていたが,彼は自分の行動を顧みて,自分にはその資格がないと諦めようとしていた.そこでメイおばさんがは「自分を許しなさい」という.この「許す」という言葉が後にフリント・マルコを救うことになる.

 戦いを終え,マルコと対話するピーター.ベンおじさんの死の真相を語るマルコ.彼は故意にベンおじさんを殺したわけではなく,彼自身もこの悲劇を悔いていた.話を聞いたピーターはマルコに対し,「お前を許す」と告げる.ピーター自身の経験が込められた重みのある一言だ.この瞬間にマルコは救われた.客観的に見て彼の行為自体は裁かれるべきものではあるが,彼自身の問題として,彼は救われたのだ.

 このように『スパイダーマン3』では長い時間をかけてヴィラン(もしかしたらピーターがそうなっていたかもしれない,スパイダーマンの鏡像的存在)の救済が描かれていた.精神的な意味での救済だ.それと比較するとNWHでの救済法は物理的であまりにも簡素だ.因みに,サンドマンに関してはエレクトロ戦でピーターに協力を申し出ていたので多分,『スパイダーマン3』後の彼だろう.NWHでの彼は元の世界に帰って娘に会いたいという想いが強く,それがピーター達と対立する原因になっていたはずで特別ピーターに敵意はないと思うが,それでも『スパイダーマン3』の後でトビーピーターと戦っている姿は後から考えると若干思うところもある.

 ヴィラン関連だと,彼らを元の世界に戻した後の影響は?例えばノーマンが生きていたらオクタヴィアスの研究はどうなっていたのか?など色々考えることはあるが,そこは気にするべきではないだろう.他にも例えばエレクトロってスパイダーマン=ピーターを知ってたっけ?(スパイダーマンを黒人だと思っていたようだし)とか,細部にはツッコミどころも多々あるが,それらに関しては鑑賞中は気にならなかった.一方で冒頭に挙げたサンドマンリザードの場面の雑さは視覚的に分かりやすく瞬時に気づいてしまったし,このような重要な展開で過去映像を使う本作はヴィランたちの物語に対してどのくらい真摯に向き合っているのかを再度考えさせてしまうものだったので,このシーンが個人的に一番の不満点となっている.

 

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』感想(ネタバレあり)

 

 ネタバレありです!

 

 

 

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 結論としては,非常に楽しく多幸感に包まれた同窓会のような作品でありながら,MCUスパイダーマン三部作の最終話かつ「トム・ホランドスパイダーマン」の誕生譚,そして歴代スパイダーマンのその後の物語にもなっている満足度の非常に高い作品だった.一方で,不満点が無いわけではない.現時点で,日本人が多い劇場(試写会)と海外の方が周りを占めるような劇場で計二回観ている.後者はやはり鑑賞中も皆んな盛り上がっていたが,前者でも歓声があがる場面がいくつかあった.普段は鑑賞中は静かにしましょうというのが当たり前になっているが,こういう体験も良いものだと実感した.

 まず,いきなりだがファンの予想通りトビー・マグワイアアンドリュー・ガーフィールドが登場した.予想の範囲内ではあるが,ここまで期待されて出てこなかったら逆にファンから怒られるだろう.予想していても実際にスクリーンに現れたとき,三人のピーターが同じショットにいる場面にはテンションが上がったし,現実感はなかった.何より嬉しかったのはトビーもアンドリューも,ヴィランたちを演じた俳優もみな生き生きと役を再演していたことである.これだけで十分にありがとうございますという気持ちだ.

 本作には三人のピーター・パーカーが出てくる.劇中のように「ピーター 1」みたいにしても良いのだが,混乱しそうなので.俳優名を付けることにする(「トムピーター」など).

好きな小ネタ

 歴代ピーターが集結するため,過去のスパイダーマン映画からの小ネタも多々あり楽しめた.先に好きな場面をいくつか挙げていこう.

実験室

 皆んなでヴィランたちに対する解毒剤を創る場面.

僕がピーター

 ネッドが「ピーター」と呼びかけたら三人のピーターが同時に反応してしまう場面.ありがちなコメディではあるが,クスッときた.この場面も含めて三人のやりとりは全体的に,最近ミーム化しているアレを思い出して面白かった.

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アニメ『スパイダーマン』から『ダブル・アイデンティティ
親友のまま

 トビーピーターから「親友は宿敵と化してしまった」という話を聞いたネッドはトムピーターに自分はそうはならないと伝える.ここは原作のネッドがホブ・ゴブリンになってしまうことに対する場面であり笑いどころではあるが,それ以上に『スパイダーマン3 』のハリーの死を想って切なくなる.本作はこのように,「過去作を想起させて感慨深くなってしまうギャグシーン」が沢山ある.

恋人と

 『アメイジングスパイダーマン』ではピーターとグウェンは互いに額を近づけるような場面が多い.本作では額をくっ付けるトムピーターとMJを遠くからアンドリューピーターが見つめている場面がある.彼は何を想っていたのだろう?彼の表情はどこか切なく見える.失ってしまったかつての輝きを二人の関係に見出しているようにも感じられる.このシーンがあることで,後に彼がMJを救う瞬間がより感慨深いものになる.

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互いに額を近づけるピーターとグウェン

 ここでのトビーピーターとアンドリューピーターの会話も良い.トビーピーターは(彼の世界の)MJと何とかやっていけているようで嬉しい.

手首から糸

 トビーピーター以外の二人はウェブシューターを使わなければ糸を出すことが出来ないので,手首から直接糸を発射するトビーピーターを見て二人は驚く.そのことについて後に追及されたトビーピーターはあまり答えたくない様子.サム・ライミ版でスパイダーマンの糸が生体糸であるのは,高校生がウェブシューターのような装置を作れるはずがない,という理由もあるが(そもそもあのスーツも作るのは難しいと思う),他にもピーター自身の男性性のメタファーという意味合いもあると言われている.例えば,本作でも言及されていたが,『スパイダーマン2』ではヒーロー業とプライベートの両立が上手くいかず,精神的に追い込まれている時期に突然糸が出なくなる(糸だけではなく,能力全体の低下ではあるが).あまり人には言いたくない話題だろう.

My back!

 最終決戦直前に腰の調子を整えるトビーピーターとそれを手伝うアンドリューピーター.ここは『スパイダーマン2』で一度はスパイダーマンを辞めたピーターが再びスパイダーマンに戻ろうとした場面を思い出させる.ピーターは一作目のときのようにビルの屋上間を飛び移ろうとするが,距離が足らずに落下する。そこで彼が言った台詞が"My back!"である.スパイダーマンとしての復帰(back)と落下して腰(back)を痛めてしまったことのダブルミーニングになっている.

MJ救出

 最終決戦にて,落下するMJをアンドリューピーターが助ける場面.『アメイジングスパイダーマン2 』にて落下するグウェン・ステーシーを救うことが出来なかったことに対応するシーンだ.無事に救出し,思わず感極まるアンドリューピーターが良い.彼が自らを救済した瞬間とも言える.

ピーターの犠牲

 最終決戦,トムピーターは怒りに任せてグリーンゴブリンのグライダーの刃をノーマンに振りかざして殺そうとする場面.トビーピーターがグライダーを受け止めてノーマンを救うが,ノーマンは背後からトビーピーターを刺してしまう.ここは『スパイダーマン』の最後の戦いもしくは『スパイダーマン3』でハリーがピーターを庇うシーンを思い出させる.『スパイダーマン』ではノーマンはピーターを殺そうとして却って自らがグライダーの刃で命を落とす.トビーピーターは復讐心に駆られたトムピーターを救った.その姿はかつて復讐心に燃えてベンおじさん殺害容疑者を死なせた自らの過ちを繰り返すなという強いメッセージと,今回は「グリーン・ゴブリン」からノーマンを救おうという彼の意思も感じられる.ノーマンに背を向ければ危険なことはトビーピーターもわかっていただろうが,彼は咄嗟に行動した.その行動の裏にはかつて自分を庇ったハリーの存在も大きかったかもしれないし,そもそも彼は命を懸けて人を救う,そういう人物だった(ライミ版では人を「救う」場面が多かった).トビーピーターが身体を張ってトムピーターに「なすべきこと」を示す場面だった.このシーン,トムピーターはグライダーをノーマンに振り下ろすが,通常このようなシチュエーションでは主人公自らの意思でグライダーを棄てるだろう.鑑賞時はこの展開に引っかかったが,トビーピーターがその刃を受け止めることこそが「スパイダーマン映画の集大成」としては重要だったと今は考えている.

黒人のスパイダーマン

 エレクトロことマックスがアンドリューピーターと会話する場面.マックスの「スパイダーマンはずっと黒人だと思っていた」というセリフ.黒人のスパイダーマンといえば『スパイダーマン:スパイダーバース』のマイルズ・モラレス.そのうち実写でも見られるかも?

 

 他にも小ネタは色々あり

・フラッシュの著書が『フラッシュポイント』(DCのフラッシュ関連のコミック).

デアデビルことマット・マードックがサラリと登場.

・ピーターとMJが高校の屋上で会話する場面では壁に "Ditko"という文字が見える(スパイダーマンの創作者スティーヴ・ディッコ).

・最終決戦ではクレイヴン・ザ・ハンター,ライノ,ブラック・キャットなどスパイダーマン関連のキャラクターのイメージが空に浮かび上がる.

など探せばいくらでもネタがありそう.

 

本作はスパイダーマン・ビギンズだった

 最初に書いたように本作はトム・ホランドスパイダーマンの誕生譚になっている.MCUの中でスパイダーマンは『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』〜 『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』までで5回登場しているが,本当の意味では本作が第一作目と言えるだろう. 

怖い大人と子供たち

 ミステリオによってスパイダーマンの正体がピーター・パーカーであることを全世界に知られてしまった前作のラストから物語は始まる.その影響は彼の身近な人々にも及んでしまう.状況を打破するために彼はドクター・ストレンジに助けを求め,全世界から「スパイダーマン=ピーター・パーカー」という記憶を消し去ろうとするが,その儀式の途中途中で自分の正体を知っておいて欲しい人々の存在を思い出し,何度も儀式を中断させて世界を危険に晒してしまう.彼がストレンジに頼み込んだ直接のきっかけは,MJとネッドがピーターに親しいという理由でMITを落とされてしまったからだ.ここで,ピーターがそもそも大学に懇願もせずにストレンジに頼み込んだことを咎められる場面(そしてこれが本作の事件の発端となる)は彼がまだ子供であり,自らの行動とその責任についてあまり考えられていないことを示す良いシーンである.今回のピーターは自らの行動によって歴代スパイダーマン史上最大級の代償を払うことになる.世界にあまりに多大な迷惑をかけてしまったので,そこを受け入れられるかは評価の分かれ目になるだろう.

 「子供」といえば,ジョン・ワッツ版のスパイダーマンではピーターと彼の仲間達が前のシリーズに比べて幼いというのがポイントとなる.『スパイダーマン』、『アメイジングスパイダーマン』のピーター・パーカーはともに高校生であったが,トビーは27歳,アンドリューは28歳と実年齢はかなり上だった.対するトムは『スパイダーマン: ホームカミング』のとき21歳と若い.MJ,ネッドを演じるゼンデイヤ,ジェイコブ・バタロンも同い年であり,彼らの雰囲気も相まって,3人が一緒にいる場面はとても初々しいものになっている.今回,三人は大学進学を目指しているというのも良い.スパイダーマンにはやはりこういう地に足のついた物語(親近感が湧くような)が必要だ.

 ジョン・ワッツは「怖い大人」を描くのが得意だ.また,スパイダーマン自体も「怖い大人」に対峙するキャラクターであり(一番怖い大人はJ.J.ジェイムソンかもしれない),その意味でジョン・ワッツは適任だろう.そして本作では歴代の怖い大人たちが大集合する.その中でも,今回のメインヴィラン的な立ち位置なのがノーマン・オズボーンだ.ウィレム・デフォーの,当時と変わらない怪演に思わず笑顔になってしまった.ゴブリンとトムピーターの戦いは暴力的で,視覚的にも非常に良かった.一度目の戦いはプロレスのような大胆な感じ,二度目の戦いは『ジェダイの帰還』の皇帝の王座の間の場面を思い起こさせる.ノーマンは『スパイダーマン』でも悪い先輩のような振る舞いをしていたが,今回もそうだった.トムピーターに対して「大きな力を与えられながら,お前はあまりにも弱い(意訳)」と言うノーマン.「大きな力」とはピーター自身が持つ能力とトニーから授かったアイテムの数々のことだろう.確かにトムピーターは歴代スパイダーマンの中でもトップレベルのスペックを持つが,ノーマンにコテンパンにやられてしまう.彼の弱さとは何か?一言で言えば,「未熟さ」だろう.先程も言ったように彼は若くまだ子供である.彼は非常に優しく,ヴィラン達を救おうとするがその結果を考えていない.つまり,今回の事件の発端もそうだったが,「大いなる力には大いなる責任が伴う」ということを今ひとつ理解していない.これは,これまでベンおじさんが歴代ピーターに伝えてきたことでもある.

メイおばさん

 ここで話は変わるが,本作でメイおばさんはピーターの目の前で死んでしまう.個人的にはここが一番のサプライズだった.自分は親と死別する子供というシチュエーションに弱いので,泣きそうになってしまった.最期まで気丈に振る舞い,ピーターに対して弱さを見せないその姿が涙を誘う.死ぬ直前,彼女は

You have a gift. You have power. And with great power, there must also come great responsibility.

と彼に伝える.そう,メイおばさんはトムピーターにとってのベンおじさん的な人物だったのだ!てっきりMCUではこれまでこの役割を担っているのはトニー・スタークだと思っていた.ピーターに自分の持つ力の使い道を指南する人物だ.確かにMCUにおいて,ピーターはトニーから授かった大いなる力とそこに伴う責任について問われてきたが,トニーの死はピーターの行動が原因ではなかった.一方で本作でメイおばさんが死んでしまうのはピーターがヴィランたちを救おうとしたためであり,彼女の存在はより直接的に「スパイダーマン」誕生のきっかけとなる.

 本作でのメイおばさんは支援施設でボランティア活動しているなど利他的な行動が目立つ.彼女はピーターに「正しい行動をしなさい」と言う.恐らく勝てないと分かりながら,ピーターを庇ってグリーン・ゴブリンに立ち向かってもいた.本作の彼女は身をもって,ピーターにあるべき姿を示していたのだ.そもそも自分はメイおばさんが好きだ.特にローズマリー・ハリス演じるライミ版のメイおばさんが好きなのだが,その理由の一つは彼女がベンおじさん亡き世界でスパイダーマンを導く大きな存在だったからだ.『スパイダーマン2』では「スパイダーマン」が人々にとってどのような存在なのかを,『スパイダーマン3』では「自分を許すこと」の大切さを説いていた.そしてそれは,それぞれ後にピーターからドック・オクとサンドマンに伝えられ,彼らを救った言葉である.メイおばさんはスパイダーマンというヒーローにとって重要な存在.MCU版のメイおばさんを演じるマリサ・トメイはハマリ役だし,今までも好きではあったがここにきて本領発揮したという感じだ.

ピーター・パーカー

 歴代ピーターがアッセンブルする.シリーズを追ってきた人からするとこれだけでも興奮ものだが,単なるサプライズで終わらせないのが本作の素晴らしいところ.メイおばさんの死に対して,悲しみと怒りに呑まれるピーター.そこで彼を善い道へと導くのが二人のピーターだ.別々のユニバースから来た三人は相違点が多いが,一方で共通点もある.自分の行動によって大切な人を失ってしまったピーターは,「大いなる力には大いなる責任が伴う」という言葉をもってヒーローとして再起する.それは三人のピーターに共通し,スパイダーマンの根幹をなす過程である.今回は三人の対話によりこの過程を浮き彫りにしており,非常に巧い.ここでアンドリュー・ピーターは失ってしまった大切な人として,グウェンを挙げる.この一言は後にMJを救う場面に効いてくる.また,トビーピーターはベンおじさんが殺された事件に言及するが,これは後にトムピーターがノーマンに振り下ろしたグライダーを彼が受け止める場面に効いてくる.過去作で語られた二人のピーターの物語の重みがここにある.

親愛なる隣人

 子供だったトムピーターは大いなる力とそれに伴う責任について学び,そして「大人たち」を救い,精神的に成長した.自分の存在の記憶を世界から消すという代償はかなり大きいが,他人の幸せを優先するその姿は彼なりに成長した証に見える.ピーターが幸せそうなMJとネッドを見て,自分の正体を言わずに店を出るあの場面はとても良いと思う.彼は自分の力を他人のために使うことを決意した.映画はピーターがお手製のスーツに身を包み,謎のヒーローとして活動し始めるところで終わる.『スパイダーマン』『アメイジングスパイダーマン』のラストを思わせる,コーラスアレンジされたトム・ホランドスパイダーマンのテーマ曲をバックに摩天楼をスウィングするスパイダーマン.「親愛なる隣人,スパイダーマン」の物語が始まるこのラストはMCUスパイダーマンに対して自分がずっと待ち望んでいたもの.

ちょっとした不満

 気になったところはサンドマンリザードが元の姿に戻る場面は恐らく,それぞれ『スパイダーマン3』と『アメイジングスパイダーマン』のシーンを流用していることだ.前者はサンドマンが水によって身体が崩れてしまう場面の逆再生,後者は最後の戦いでリザードがコナーズ博士の姿に戻る場面である(こちらは未使用のカットかも?).気にしている人はあまりいないようだが,自分はかなり気になってしまった.演じるトーマス・ヘイデンチャーチとリス・エヴァンスはクレジットされているので,声は新規で当てているだろう.映画で過去映像を再び使うこと自体は珍しくないが,他のキャラクターがちゃんと新規映像で,かつヴィラン達が「救われる」重要な場面であるので,大きなノイズになってしまったことは否めない.あと,そもそもヴィランたちの扱いが少し雑に感じるところもあり…

 また,「ピーター・パーカーがスパイダーマンであるということを知っている者が呼び寄せられた」「ピーター・パーカーがスパイダーマンであるという記憶が世界から抹消された」という展開も正直ルールが曖昧でまだよくわかっていない.エディ・ブロックには何が起こったのか?(エディはシンビオートの何らかの力によってストレンジの呪文とは違うルートでスパイダーマンの正体を知ったのか?),「ピーター・パーカー=スパイダーマン」という事実はあらゆる媒体に記録されているはずである.それらも消えたのか?(説明されていたらすみません).まあ,そこはあまり重要ではないので大きな問題ではないが.

 あとは,毎回言っていることであるしもう言いたくはないのだが,自分はヒーロー映画では「ヒーローが市井の人々(出来れば元々ヒーローに近しい者でない)を救い,そして人々の側からヒーローに歩み寄っていく場面」が欲しいのだ.「元々ヒーローに近しい者でない」というのは,ヒーローの恋人や家族,友人ではない人々という意味で,たとえ自分に直接の利害関係がない者であっても率先して彼らを救う,その精神性に感動するのだ.その点完璧だったのが『スパイダーマン』と『スパイダーマン2』である.

 

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 本作の冒頭では一般市民がスパイダーマンに対して牙を剥けていた.だからこそその対比として上記のような場面が欲しかった.また,このブログでも多用しているように,本作はピーターが人々を「救う」話でもある.ならばもう少し一般市民まで視野を広げて欲しかったとは今は少し思う.とはいえ,そこまでする余裕はないだろうし,今回はドクター・ストレンジの魔法を使ってかなりトリッキーな展開にもなっているから,あまり気にはならなかった.ちなみ前半の橋の場面はその意味でも良かった.

 

何はともあれ

 エンドロールではアヴィ・アラドに感謝が述べられていた.彼はMCUより前のマーベル映画(一部MCUあり)の多くを製作してきた人物であり,当然ライミ版スパイダーマンやウェブ版スパイダーマンにも携わってきた方.自分も深く感謝しています.


 

2021年12月に観た新作映画

 追い込み期.

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 感想サボりました…

 

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 感想は敢えて言っていません.

 

 

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2021年映画ベスト10

 

 今年もベスト10を決める時期がやってきました.選考作品は2021年に日本でリリースされた映画とします(試写は除く).順位を付けてますが,3位以上とそれより下は,それぞれほぼ同率です.各部門では順位や数は決めずに選びました.

総合

  1. ジャスティスリーグザック・スナイダーカット』
  2. 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
  3. 『最後の決闘裁判』
  4. 『MONOS 猿と呼ばれし者たち』
  5. 『ファーザー』
  6. 『DAU. 退行』
  7. 『由宇子の天秤』
  8. 『空白』
  9. コントラ KONTORA』
  10. 『アイダよ、何処へ?』

 10位の『アイダよ、何処へ?』ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中の「スレブニツァの悲劇」を題材にした映画で,当時のユーゴスラヴィアの複雑な情勢や現地の空気感がスクリーンから伝わってくる凄みがありました.9位のコントラ KONTORA』はインド出身のアンセル・チュウハンが監督した日本映画.低予算映画ですが,それを感じさせない「強度」を感じました.ラストカットは今年ベストクラスに好きですね.8位の『空白』は今年観た映画の中でも上映中の緊張感が特に高かった作品.「空白」というタイトルが秀逸です.7位は『由宇子の天秤』.自己矛盾を抱えるドキュメンタリー作家である主人公を追った「ドキュメンタリー」と言えそうな映画(劇映画です).これもタイトルが良いですね.6位の『DAU. 退行』ソ連全体主義社会を実際に再現した6時間9分の大作.何も起きていないようで実は興味深い(と個人的には思っている)前半5時間と倫理的に問題のあるラスト1時間.良くも悪くも印象に残った作品.5位の『ファーザー』認知症追体験させるこれまでにない体験.認知症の者を身近に持つ人だけでなく,そうでない人にもこれから自分がそうなってしまうかもしれないという恐怖を与える作品.4位の『MONOS 猿と呼ばれし者たち』はコロンビア内戦中のゲリラ部隊(少年兵)の話で当時のコロンビアの実情に基づいてはいますが,それを特定できる情報は提示されない寓話性の高い作り.撮影や音楽など,技術面のレベルも非常に高かったです.3位の『最後の決闘裁判』は様々な文脈で議論されていますが,個人的には「リドリー・スコット映画」として高評価.神に運命を委ねる男性優位封建社会という「システム」の不条理を無神論的な冷めた目線で描く,とてもリドリー・スコットらしい作品でした.諸々の要素が非常に高レベル.2位の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』1920年代のアメリカ西部を舞台にしたサスペンス.登場人物それぞれが複雑性を伴って描かれており,彼らが紡ぐ物語も実は複雑ですが,同時に語り口はシンプルで洗練されています.「有害な男性性」に取りつかれた農場主フィルはベネディクト・カンバーバッチのはまり役.1位のジャスティスリーグザック・スナイダーカット』は個人的な思い入れが加味されています.

 2017年に『ジャスティス・リーグ』が公開.ザック・スナイダーが製作途中で降板し,ジョス・ウェドンが後を継いで完成させた2017年版.スナイダーによって作られるはずだった映画とは大きく異なるものとなり作品自体の歪さや舞台裏の諸問題によって賛否が分かれ,世界中でスナイダー版の公開を求める運動が巻き起こりました.本作はその運動の帰結であり,ファンダムの力を見せつけた作品として重要な映画です.

 映画の内容自体はどうか.比較的明るめで,良くも悪くも見やすいテイストに仕上がっていたウェドン版とは違い,本作はスナイダーの作家主義への回帰ともいえる映画.色調や劇伴が一変し,ダークな作風に.4時間に及ぶ物語は各キャラクターを丁寧に描くことでジャスティス・リーグの存在理由は明確に(ウェドン版ではスーパーマン頼りなところがあった).特にウェドン版では軽く扱われていたサイボーグのドラマは大幅に増え,素晴らしいキャラクターとなっています.

 本作はまさに「ザック・スナイダージャスティス・リーグ」であり,有名ヒーローものの映画でありながら「商業作品」とは一線を画す一大叙情詩です.

 

 次点は『プロミシング・ヤングウーマン』,『マクベス』(完成度では今年トップレベルだと思います),濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(こちらもトップレベルの完成度)と『偶然と想像』,『すばらしき世界』,『アナザーラウンド』,『Tick, tick...BOOM!:チック,チック...ブーン!』,『ライトハウス』,『ドント・ルック・アップ』など.

 

監督部門

・カーロ・ミラベラ=デイヴィス『スワロウ』

リドリー・スコット『最後の決闘裁判』

・アレハンドロ・ランディス『MONOS 猿と呼ばれし者たち』

・エメラルド・フェネル『プロミシング・ヤングウーマン』

・フローリアン・ゼレール『ファーザー』

濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』『偶然と想像』

イリヤ・フルジャノフスキー『DAU.  退行』

吉田恵輔『空白』(『BLUE』は観られなかったです)

俳優部門

キャリー・マリガン『プロミシング・ヤングウーマン』

フランシス・マクドーマンドノマドランド』

チャドウィック・ボーズマン『21ブリッジ』

アンソニー・ホプキンス『ファーザー』

ラッセル・クロウ『アオラレ』

ベネディクト・カンバーバッチ『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

レイ・フィッシャージャスティスリーグザック・スナイダーカット』

真田広之『モータル・コンバット』

ダイアン・レイン&ケヴィン・コスナー『すべてが変わった日』

鈴木亮平孤狼の血 LEVEL2』

片岡礼子『空白』

古田新太『空白』

・ウラジミール・アジッポ『DAU. 退行』

アンドリュー・ガーフィールド『Tick, tick...BOOM!:チック,チック...ブーン!』

ドニー・イェン&ニコラス・ツェー『レイジング・ファイア』

役所広司『すばらしき世界』

レオナルド・ディカプリオ&ジェニファー・ローレンス『ドント・ルック・アップ』

・キャサリン・ラングフォード&チャーリー・プラマー『スポンティニアス』

ライアン・レイノルズ『フリー・ガイ』

・チョウ・ドンユイ『少年の君』

松岡茉優『騙し絵の牙』

トニー・レオン『シャン・チー/テン・リングスの伝説』

・キャスリン・ハンター『マクベス

脚本部門

・『プロミシング・ヤングウーマン』

・『ファーザー』

・『ドライブ・マイ・カー』

映像部門

・ジャスパー・ウルフ『MONOS 猿と呼ばれし者たち』

・ジャイルズ・ナットジェンズ『グレイン』

・ジェアリン・ブラシュケ『ライトハウス

・ケイトリン・アリスメンディ『スワロウ』

ブリュノ・デルボネルマクベス

音楽部門

・ミカ・レヴィ『MONOS 猿と呼ばれし者たち』

ヨハン・ヨハンソン『最後にして最初の人類』

・アンソニー・ウィリス『プロミシング・ヤングウーマン』

・ジャンキーXL『ジャスティスリーグザック・スナイダーカット』

・香田悠真『コントラ KONTORA』

世武裕子『Arc アーク』『空白』

・ジョナサン・ラーソン『Tick, tick...BOOM!:チック,チック...ブーン!』

ルドヴィコ・エイナウディノマドランド』

オープニング部門

・『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』

・『私というパズル』

・『少年の君』

センス・オブ・ワンダー部門

 最大瞬間風速が高い場面,偏愛してしまうような場面などがある映画(オープニングとエンディングは除く).

 

・『モータル・コンバット』

"Get over here!" 

・『ジャスティスリーグザック・スナイダーカット』

「未来に生きろ。過去を塗り替えろ。」

 

<番外編>

・『オールド』

本編上映前のシャマラン監督によるメッセージ映像.「シャマランの挨拶」,それだけでも面白いのだが,実はそれ自体が本作のメタ構造を示唆している.

エンディング部門

・『スワロウ』

・『コントラ KONTORA』

・『アナザーラウンド』

・『DAU. 退行』

特別枠

・『JUNK HEAD』

・『最後にして最初の人類』

雑感

 今年は総合芸術「映画」というメディアの魅力を活かした作品が多かったように感じました.反省点は阪本裕吾作品と今泉力哉監督作品を見逃してしまったことです.

『ターミネーター3』,好きですよ

 

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以下、『ターミネーター』『ターミネーター2』『ターミネーター3』のネタバレあり

 

 

 

 『ターミネーター3 』といえば酷く嫌われている映画だ.理由の一つは『ターミネーター2 』を台無しにしたというものだ.前作で命懸けでスカイネットを破壊したのに結局スカイネットは生きていてシナリオ通り人類が滅亡の危機に陥るのだから,確かに否定派の意見は分かる.ジョン・コナー役がエドワード・ファーロングからニック・スタールに代わっていること,敵のT-Xが前作のT-1000よりも弱く見えてしまうことも低評価の理由なよう.

 まずジョン・コナーだが,ニック・スタールはファーロングよりも2の未来シーンに出てくるジョンに似ている.

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T2の未来シーンに登場するジョン

 

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T3のジョン

 よく考えればT-XはT-1000よりも明らかにスペックは優っている.プラズマ砲などの武器を自在に作り出すことができるし,また,T-1000の弱点(極端な環境変化や連続した衝撃に対する弱さ)も克服されている.T2でT-Xが送り込まれていたら恐らくジョンは殺されていたと思う.実際に映画を観てみると確かにT-XはT-1000ほどの強敵感はないかもしれないが,それはT-Xが対ターミネーター 用のターミネーターであることに起因しているだろう.T-1000は人間社会へ潜入するために,全身液体金属のボディを活用してあらゆる物や人(限定的ではあるが)に擬態することができた.金属骨格を持たない,そのトリッキーな戦い方は映像的にインパクトが強い.一方,T-Xは金属骨格を持つためそれほどトリッキーに動くことはできない.殴ればちゃんと「彼女」はぶっ飛んでいく(ダメージを受けているかは別).

 そして結局人類が滅亡の危機に陥る展開について.まず,そもそも『ターミネーター 』はそれだけで完結している映画である.ターミネーターからの逃避行の中でサラは戦士になり,救世主ジョンが誕生する.サラによってT-800は破壊されるが,現場に残ったそのの部品からスカイネットが生まれる.つまり環を描いている(卵が先か?鶏が先か?).核戦争は避けられない運命だったと言える.T1が美しいのは,核戦争勃発が不可避の決定論的世界で,サラ・コナーがその運命を受け入れ,立ち向かっていく力強い姿を見せつけられるからだ.

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一作目の力強いラスト

 自分はT2が好きだが,その意味では蛇足とも言える.T2のラストは二種類あって一つはサラのモノローグで終わるよく知られたもの.

The unknown future rolls toward us. I face it, for the first time, with a sense of hope. Because if a machine, a Terminator, can learn the value of human life, maybe we can too.

機械であるターミネーターが生命の価値を理解したのだから人間もそれができるはずだ,と不確定な未来に向かう人類に対して一筋の希望を見出している終わり方.

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採用されたエンディング.不確定な未来に向かって.

 もう一つのエンディングは核戦争の危機が回避された未来にて年老いたサラが語るというもの.サラは公園のベンチに座って幸せそうに遊ぶ子供たちを眺めている.ちょうどサラが見た悪夢と対になるような未来だ.

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平和な未来に暮らすサラ

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サラが見た悪夢.核攻撃により子供諸共焼かれてしまう.

 最終的には一つ目の終わり方が採用された.その決断は正しいと思うし,自分はT2の終わり方が好きだ.そして,この決定こそが今後「正統な続編」たちを生み出していくきっかけになる.

 先程述べたように,ターミネーターの世界ではマシーンの反乱は決定事項であり,核戦争の勃発は避けられないし,サラも以前はそう思っていた.T2が感動的なのは,そのサラが機械であるT-800と愛する息子が親子のように「心」を通わせている姿を見て,そして核攻撃の悪夢を見て,決められた運命を変えようと決意するところだ.機械も命の価値を理解できるかもしれない.その希望に懸けて,そして愛する人を死なせないためにスカイネットを破壊しに行く.その行為自体が感動的だ.

 でも,やはりこの円環を断ち切ることはできない(スカイネットがなかったらジョンも産まれないことになってしまう).T2の不確定な未来へと続くエンディングのおかげで(せいで?),決定論的な世界が再びやってくる.T3のジョンは無気力で生きる目的を失っている.核戦争が回避された(実際には先延ばし)ことで,サラなき世界において自らの存在意義を見出せない.本来なら人類の救世主となるはず自分が,やってこない終末に怯えながら暮らしている.本作はそんな彼が人類のリーダー「ジョン・コナー」に成長するまでを描いく.本作では結局,審判の日を止めることは出来ずに人類は半壊する.スカイネットはネット上のソフトウェアであり,審判の日にありとあらゆるコンピュータに広がった.映画でよくあるような「破壊するべき悪の中枢」なるものはない.秀逸なスカイネット描写だ.スカイネットが暴走を始めてからラストにかけての流れは本作の中でも特に好き.スカイネットの攻撃によって突如訪れる非日常と,そこから世界が静かに終末へと向かう中で人類のリーダーとなる決意を固めるジョン.

Maybe the future has been written. I don’t know. All I know is what the Terminator taught me. Never stop fighting. And I never will. The battle has just begun.

一作目の運命論的世界に回帰する,儚く美しいラスト.

 

 他にもお気に入りのところはあって,T-Xがクレーン車に乗って暴れ回るカーチェイスシーンの物量主義的なところも好きだし,T-1のデザインは全ターミネーターの中でもかなり好きだ.上映時間が109分と短いのも良い.『ターミネーター 3』の完成度は最初の2作に及ばないものの,「ターミネーター」というシリーズに真摯に向き合った映画だと思っている.

突然の『グレイン』

 

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 以前の記事の中で書いたようにセミフ・カプランオールの『グレイン』を早く観たいとボヤいていたら,突然U-NEXTで見放題になったのだからびっくりだ.

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 謎の遺伝子不全(「遺伝カオス」と呼ばれる)によって作物がダメになってしまうという事態に陥った近未来.種子遺伝学者エロールはこの危機を救うため,かつてこの現象を予言したアクマンという男を探し出し,行動を共にする.事前の評判通りタルコフスキー感,特に『ストーカー (1979)』を思わせる.

 カプランオールの『卵』『ミルク』『蜂蜜』(ユスフ三部作)は主人公ユスフの壮年期から幼年期まで遡ることで,ユスフという人間の原点や本質に回帰していくような作りだった.『グレイン』では,エロールはアクマンと旅をしていく中で人間としての自分の原点に立ち戻っていく.彼の映画は静かで劇伴は殆どない.その静寂の中で本質に耳を傾けようとする.

 観る前はハードSF的な感じなのかなと思っていたが,実際にはツッコミどころも結構あり,科学描写よりも哲学に重きを置いているように感じた.

 本作は現在進行形で進む地球環境破壊に対して警告を発する映画になっていて,監督のインタビューからも分かるように,メッセージ性の強い作品にもなっている.